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高松地方裁判所丸亀支部 昭和31年(ワ)17号 判決 1957年2月21日

原告 藤田哲也

被告 大西新

主文

原告は訴外イロハタクシー有限会社に対する出資三十五口(各一口金一万円)の持分を有するものであることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として「原告は訴外イロハタクシー有限会社に対する出資三十五口(各一口金一万円)の持分権者なるところ、右持分全部を、社員に非ざる訴外河田正典に譲渡代金三十五万円、譲渡予定日昭和三十年五月三十日までの条件にて原告が訴外会社に対して有する金二十八万円の貸付金債権と共にと云うことで譲渡さんとし、有限会社法の規定に従い右旨を昭和三十年五月十五日書面により訴外会社に通告した。しかるにこれに対し訴外会社は全社員に右通告の全容を知らしめた上同月二十三日総会決議に代る書面による決議によつて、譲渡すべき出資持分三十五口、譲渡の相手方被告、譲渡価格三十五万円、譲渡期間当事者間に於て協議のこと、条件出資持分のみとする旨の決議をなしその旨原告に対し同月二十六日通知して来た。よつて原告は同月二十七日訴外会社と被告に対し右決議が原告申出の条件を無視していることを理由に先になした持分譲渡の通告を取消す旨通知した。しかるに被告は同年六月十七日原告方に持分譲受代金として金二十八万円を持参したのちこれを弁済供託し前示持分譲渡は有効にしてその権利は被告に属する旨主張しているのである。

しかしながら前示の通り原告は出資持分に貸付金債権を併せて譲渡する旨通告したものでありまたその譲渡期間も昭和三十年五月三十日までと限つてあつたもので、これは持分の譲渡代金三十五万円と債権の代金二十八万円とを右同日までに受領すべきことを表はしているものである。しかるに訴外会社の通知は右貸付金債権譲渡の点を全く無視している外その期間に於ても当事者間で協議すべしとしていて原告のなした通告内容に反している。しかして有限会社の持分権と雖もその譲渡に際し他の財産権との一括譲受けを条件とし或はその譲渡期間を定めることは権利者に於て自由且可能である。之を会社その他の者に於て勝手にその一部を変更したり除外したりすることはできない。有限会社の閉鎖性というも絶対的なものではなく、単に他の社員にその持分買取りの機会を与えられているにすぎないのである。されば訴外会社がなした前示通知は原告のなした通告に反しているのでその効なきものというべく(なお仮りに持分譲渡に本件の如き条件を附することが許されないとすればこの持分譲渡と貸付金債権譲渡とは不可分関係にあるものであるから原告のなした持分譲渡の通告は全部無効である。)従つてまた譲受人たる被告と売主たる原告との間には意思の合致を欠くのでその間に譲渡契約は成立しない。のみならず被告のした供託は原告の指定期間を経過した後のものであるからその効なく、右は新たな申込みであり従つて原告はこれを拒絶できるので本訴に於てこれを拒絶する。また原告は前示の通り譲渡通告を取消したのであるからその後に至つてしかも持分代金のみを供託しても持分譲渡の効力はない。

以上の次第で原被告間の本件持分譲渡は無効であり、従つて原告は今尚右持分を有するのでその確認を求めるため本訴に及んだ」と述べ、

立証として甲第一乃至第六号証を提出し、証人奈尾博の証言を援用した。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、原告の請求の趣旨の変更に対し「原告は当初、被告は原告に対し被告が原告に対するイロハタクシー有限会社出資三十五口の譲受代金弁済のため昭和三十年六月十八日付高松法務局観音寺支局昭和三十年金第九七号を以てなした金三十五万円の弁済供託は無効なることを確認する旨の判決を求めていたのに後にこれを主文掲記のように変更したが右は請求の基礎に変更があるから許されない」と述べ、原告の請求原因に対する答弁として「原告の主張事実は全て認めるも、有限会社法第十九条第二項は有限会社の社員がその持分を社員に非ざる者に譲渡さんとするときは会社に対し書面を以て、譲渡の相手方、譲渡さんとする出資口数、及び譲渡価格を通知することを要する旨定めているがそれ以外の事項の記載に就いては何等規定していないので右通告はそれだけ必要且充分であり従つてその他に他の物又は権利の譲渡を附加通告してもその部分については同条の効力はなく、会社は出資持分の譲渡及びその価格について同条第三項の手続をとれば充分でそれ以外の財産権の譲渡を含めてその相手方を指定する要なく、また指定せられた者も出資持分以外のものを譲受ける義務はなく、同条第七項に「第二項の通知に係る価格を以て譲受価格とし」とあるのも出資持分の譲受価格を意味しているのでありそれ以外のものの譲受価格を加える要はないのである。なお今若し出資持分以外の財産権をも併せて譲受けねばならないものとすると、出資持分若干に山林一千町歩を代金一千万円で併せ譲渡すというような通知をうけた場合譲受人はその代金をも調達せねばならず結局右第十九条の企図する有限会社の特質たる異分子の加入を回避する閉鎖性という法の精神を滅却することになり不合理である。有限会社の社員の持分譲渡に関する法の規定は異分子の加入を回避し閉鎖性を維持させるための規定であるからその趣旨に則つて厳格に解されねばならない。なおまた仮りに以上の主張が理由ないとしても原告主張の金二十八万円の債権は架空のもので実在しないのである。されば訴外会社や被告のなした持分のみの譲受行為は正当且有効であり、しかして原告がなした取消通知は原告が訴外会社の譲受人指定通知を受取つた後になされたものであるからその効なく、また被告のなした供託は原告の指定期間後になしたものではあるが、指定期間後であつても法の趣旨よりして相当期間内になせば有効と解すべきであるから本件持分は有効に被告に譲渡されたのである」と述べ、

甲第一乃至第五号証の成立を認めた。

理由

先づ請求の趣旨の変更の適否に就いて按ずるに、原告は当初被告主張の通りの判決を求めていたが後之を主文掲記のように変更したことは当裁判所に顕著である。そこで右両者の間にはその基礎に変更があるかどうかをみてみるに、右両請求は共に、原告がその有する訴外イロハタクシー有限会社の出資持分を同社に対する貸付金債権と共に社員に非ざる者に譲渡さんとして有限会社法の規定に従いその旨会社に通告したところ、該有限会社は貸付金の点を無視し持分についてのみ被告をその譲受人として指定した外、譲渡期日に就いても原告の通告に反する定めをして通知してきたうえ原告に於てこれを理由に先になした通告を取消したのに、被告はその後持分だけの代金を弁済供託し、本件持分を有効に取得したと主張し、原告はその無効を主張するという全く同一の事実関係の上に立つているもので、唯原告は該譲渡行為の無効なることの確認を求める一方法として当初は譲渡行為の過程の一なる弁済供託の無効なることの確認を求めていたが、後にこれを譲渡行為が無効であることの結果として該持分はなお原告に存することの確認を求めよるように変更したものにすぎないこと原告の主張に照し明らかであるから右両請求の間にはその請求の基礎に変更のないこと勿論にして、従つて原告のなした変更は適法である。

よつて進んで原告の変更後の請求の当否について判断するに、原告は訴外イロハタクシー有限会社の出資三十五口の持分権者であるが、これを同会社に対する貸付金債権二十八万円と共に社員に非ざる者に譲渡さんとし、その主張の日にその主張のような内容の書面を以て訴外会社に通告したところ、訴外会社は原告主張の日にその主張のような手続きによつて、右持分のみにつき被告をその譲受人として指定し、原告にその主張の日にその主張の如き内容の通知をしてきた。そこで原告はその主張の日にその主張のような持分譲渡取消の通知を訴外会社と被告になした。しかるに被告はその後原告主張の日に持分代金のみ金三十五万円を原告方に持参したうえこれを弁済供託した事実は全て当事者間に争いのないところである。

そこでまづ有限会社の社員はその出資持分を社員に非ざる者に譲渡せんとする場合、他の財産権を併せて譲渡することができるかについて考えるに、有限会社は社員間の信頼関係をその基礎の一つとしている性質上その社員の変更については所謂閉鎖性を有し出資持分の譲渡については制限を受くべく我が有限会社法はこの点について社員がその持分を社員でない者に譲渡さんとする場合には会社に於てその譲受人を指定する権利を認めている。しかして今若しその持分の譲渡につき無制限に他の財産権と一括譲渡することを認め、会社はその全部につき譲受人を指定しなければならないとするときは時にその指定権行使を不自由ならしめそのため好まざる異分子の導入を余儀なくさせ前示の所謂閉鎖性に背馳するに至ることあるは充分に予想できるところであり、また有限会社法第十九条は社員がその持分を社員以外の者に譲渡さんとするときは会社に対し譲渡の相手方、譲渡さんとする出資口数、及び譲渡価格を通知することを要求しているのみでそれ以外の事項の通知を規定しておらず、また会社もその持分譲渡の相手方を指定すれば足り譲受人に指定せられた者もその譲受けの申出を為すことを要する旨規定されているのみで他の財産権を併せ譲渡することを許した旨の規定の存しないこと被告訴訟代理人の主張する通りである。しかしながら右第二の点に対しては反面積極的に他の財産権と一括譲渡することを禁止した旨の規定は何等存せず、しかして人が或る財産権と他の権利とを併せて譲渡することは原則として自由であるべきものであるから、前示の如く単にそのことを許した旨の規定の存しないことを以て右は禁止されているものであると解するのはその根拠に乏しいと言はざるを得ず、また右第一の点に対しては有限会社の閉鎖性というも絶対的なものではなくその程度は一にその国その時の法制に俟つべく、しかして我が有限会社法は当初は持分の譲渡は社員総会の特別決議によつて認められたときに限つてこれを許し、唯社員相互間での譲渡は定款によつてこれを緩和できるとしてこの閉鎖性を極めて厳格に規定していたが、その後の改正により現在に於ては社員間の譲渡は全く自由とし社員外の者に対して譲渡せんとする場合にも単に会社に譲受人を指定する権利を与えているにすぎないものであり、之を要するに現行法は閉鎖性についてはこれを大巾に緩和し比較的寛大な態度をとつているのであるから明確な法の規定の存しない事項についてまでこの閉鎖性を理由にこれを制限せんとするのは慎重なるべく、しかも被告訴訟代理人の例示するような特異な場合はしばらくおいて、本件に於て原告がその持分と共に譲渡せんとしている財産権についてみると、右は原告が当該有限会社自体に対して有する貸付金債権であり、しかして人的結合をその一特質としている有限会社に於ては、その社員たるの地位とその社員が該会社に対して有している債権とは無縁のものではなく、その間に極めて密接な関連あること多く、その社員が持分を譲渡してその会社より離れんとする際にはその債権をも同時に譲渡せんとすることは許さるべきことにして、ましてその会社が苦境に陥つているような場合にはその債権を持分から切離するときはその債権を無価値たらしめることなしとせず、(譲受人が債権の譲受けを希望しないのはむしろかゝる場合が多いであらう。)かくてはその持分権者に余りにも不利益を強いることになる。他面会社はいつまでもその債務を弁済して社員の債権を消滅させることができるのであるからその一括譲渡を好まないならばその債務を弁済して該債権を消滅させればよいのであつてそれもしないでおいてその譲渡は認めないというのは余りにも社員に酷で不当というべく従つて有限会社の閉鎖性というもこゝに迄は及び得ないと解さゞるを得ない。さてこのようにみてくると有限会社の社員がその持分をその会社に対する債権と共に一括して社員でない者に譲渡することは適法であり、従つてかゝる場合会社は持分と債権の双方について譲受人を指定すべく、譲受人はその持分を有効に取得するためにはその債権をも同時に譲受けねばならないと言はねばならない。

しからば本件に於て原告が訴外会社に対する出資持分三十五口と共に原告の同会社に対する債権二十八万円とを併せて社員外の者に譲渡さんとしてその旨訴外会社に通告したのは適法であり(被告は右債権は実在しない旨主張するも証人奈尾博の証言と同証人の証言によつて真正に成立したことの認められる甲第六号証によれば右債権の実在することを認めるに充分である)従つて訴外会社が持分のみについてなした譲受人指定行為の効力はしばらくおくも兎も角譲受人に指定された被告に於て該持分を有効に譲受けるためには原告に対し該持分の外債権についてもその譲受けの申出をなさねばならないのであり之なきときには原告はその申出を拒むことができる。しかるに被告は単に持分だけの接受代金を持参供託したにすぎないのである(しかも有限会社法第十九条第四項によれば指定をうけた者は総会決議の日より一週間以内に譲渡人に対し書面を以て譲受の申出をしなければならないのに被告に於てこれをなした旨の主張も立証も存しない)から右によつて本件持分を有効に取得したとは言えないこと明らかであり従つて右持分は今尚原告に属するものと言はねばならない。

以上の次第で原告の請求は爾余の点を判断するまでもなく理由があるから之を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 中村三郎 村上幸太郎 西村清治)

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